もうそこまで新しい年が近づいていた。
此処は、真田幸村と猿飛佐助の住まう屋敷。
年の瀬を、そして、真新しい年を彼らと一緒に迎えようすべく、この屋敷に押しかけるようにやって来た伊達政宗と片倉小十郎の姿があった。
 
「あのね、俺様は真田の旦那とね・・・・静かに年越しをしようとしていたのに、何で居る訳?? 」
 
只今、年越し準備も終わり深夜、真新しい年を近くのお社で鐘の音を耳にしながら可愛い幸村と迎えようと準備に余念のない佐助は、小十郎を目の前にキッパリと言う。
本当は子供が起きていてはいけない時刻に今日だけ『特別』だからと、新たな気持ちで神仏に願う為にと、早々に二人は夕餉を済ませ現在別室にてお休み中の幸村がおり、佐助は蕎麦の用意と新しい着物の用意をしていた。
正直、今日の伊達家は『迷惑だ』と心中絶叫している佐助。その迷惑加減を小十郎に判るような表情を浮かべる。
迷惑がられていることに苦笑している小十郎は、政宗を勝手知ったる真田家の、幸村の寝所としている部屋に連れて行き、
 
「今暫く・・・・お休みくださいませ、政宗様」
 
欠伸をしている政宗を幸村と一緒に休ませ静かに寝所を後にした。
出てくるとそこには佐助が、不機嫌極まりない表情で腕を組み仁王立ちをしている。その肩を叩き小さな声を立てて笑う小十郎は、
 
「年越してもテメェや幸村に世話になるんだ。今日も・・・・一緒でも良いだろう? 」
 
「・・・・邪魔だよ、勝手だよ」
 
表情を崩すことなくブツブツと愚痴を零す佐助は、肩に乗せられた手を払うとその場を急いで離れるのだった。
直ぐにその背を追う小十郎は、横に並ぶと『ほらよ』と風呂敷包みを佐助に手渡した
突然、渡された風呂敷包みに驚いた佐助は足を止めていまい、手の中の物と横をすり抜けていく小十郎の背中とを交互に見比べた。
 
「何?! 」
 
「これから詣でだ。新しい物が必要だろう」
 
台所借りるぜ、と佐助に言い残した小十郎は、蕎麦に入れようと持参した野菜の下拵えをする為に廊下を歩き去っていった。
一人、廊下の真ん中で立ち尽くしていた佐助は、手渡された風呂敷包みをさら、と開き中の物をしげしげと見つめる。
 
「かったくらの旦那ーっ!! 」
 
その包みをしっかりと抱き締めると大声立てて台所へと掛けていく佐助だった。
 
*****
 
ばたばたばた、と足音が徐々に大きくなり響き聞こえる台所にて、小十郎は包丁を手に大根を剥き、飾り切りをしては至極ご満悦な顔をしている。
がたがたがた、と台所へと通じる引き戸を勢い良く開いた佐助は、小十郎が手にしている包丁など露とも思わず、横腹に拳を見舞う。
 
「ぐっ!! 」
 
「ありがとう、片倉さん」
 
「あのな、礼を言うのは良いが・・・・普通に言え、普通に」
 
へら、と破顔して碧色した暖かそうな襟巻きを首に巻きつけた佐助は、ひらひらと小十郎の目の前でして見せた。手には同じ色した鼻緒の草履と、小さな緋色の襟巻きと草履が握られている。
その様子を横目で見ると小十郎は、『判ったから手伝え』と一つ、また一つと大根を飾り切りしていく。それが終われば人参をと、次々に形作っていく。
 
「嫌だね。蕎麦は俺様と真田の旦那の分しか無いんだから、その野菜達も片倉さんの土産として頂戴するよ!! 」
 
捨て台詞のように手を休めない小十郎に言い放つと佐助は、台所から退散し可愛い幸村と余計な政宗が一緒に眠る寝所へと走っていってしまった。
 
「馬鹿が。2人分にしちゃ・・・・多すぎだぜ」
 
ざるに盛られた蕎麦の山を見、溜息を零した小十郎は台所仕事に勤しみ、そしてこの屋敷にいる人数分の蕎麦を勝手に用意し始めるのだった。

*****

「旦那、そろそろ起きようね・・・・お蕎麦食べてお参り行くよ」
 
「う・・・・ん・・・・さす、けぇ・・・・」
 
「こっちも起こさないと駄目、だよね・・・・はぁ」
 
幸村には手加減して揺さぶり起こしていた佐助は、政宗になると容赦なく身体を揺すり鼻を摘んだり『起きろ』と耳元で軽く叫んだりと扱いが雲泥の差だった。
そこまでされても動じないのか、ある意味鈍感なのか政宗は、幸村の様に愚図ることなく目を覚まし身支度を整えると寝室から出て行ってしまう。
行き先は見えている、と政宗の様子を目で追っていただけの佐助は、政宗のように一人ではまだ覚束ない処のある幸村の身支度を手伝い、小十郎が持参してきた緋色の襟巻きを掛けてやり、真新しい緋色した鼻緒の草履を手に持たせてやる。
未だうつうつ、としている幸村の手を引き、誰かが一人奮闘している場所へと連れ立った。
 

*****
 
 
「で、何で蕎麦が四人分なのさ? 」
 
「言わねぇと判らねぇのか」
 
「いーえいーえ、此処で居座ってちゃっかり食べてるんだから、判ってますよ・・・・何も言いませんよ」
 
「悪いな、佐助」
 
「食べる前に礼、言ってくんない? 」
 
膳の上、鉢に入った暖かな湯気の上がる蕎麦を食べている四人は、美味しそうな音を立て蕎麦を啜り、可愛らしく飾られている兎や花の形をした野菜を目で楽しみ腹に収めていく。
幸村と政宗は、常であれば熟睡している時刻だというのに、起きていても怒られずに美味しい蕎麦を食べ、そして二人で一緒に居られる事が嬉しくて喜び、きゃっきゃっ、と可愛い声を上げはしゃいでいた。
そして、更に。
これからお社に行くのだと聞かされている所為もあり、お出かけする事も楽しくて元気良くはしゃいでいた。
 
 
 
 

蕎麦も食べ終え、もうすぐ子〈ね〉の刻になると。
 
 
小十郎の一声で、お社へと向かう為に屋敷に設えられている土間へと行く四人の姿。
幸村と佐助が手にしている草履と首にある襟巻きのように、政宗と小十郎も真新しい草履と襟巻きを持っていた。政宗には蒼色の、小十郎には黒茶色したものだった。
 
「ほら、草履だしな」
 
板張りの上、個々に草履を出すようにと手を差し出す小十郎に一人、また一人と手渡していく。すると小十郎は、手にした炭で草履裏に跡を付け、それから土の上へと置いてやり幼子二人の足に添えてやる。
佐助と己の草履にも施し、そして、屋敷を後に・・・・お社へ向かう路を歩き始めた
 
 

幸村と政宗は互いに手を繋ぎ、政宗の持つ灯籠を頼りに夜な夜なの路を行く。辺りが真っ暗で夜更けに出る事もない子供二人は、少しおっかなびっくりになりながらも路を歩いていく。
その小さな背中を追う佐助と小十郎は、互いに持つ灯籠を掲げると、子供達を見失わないように灯りで照らしながら付いて行く。
お社へ近付くに連れ人もちらりほらりと増え始め、灯籠の灯りも次第に増えて行くと、幸村も政宗も気が高ぶるのか早く、早くと走り始める。
 
「あ、鐘が・・・・」
 
歩いている内に子の刻が過ぎたのだろう。
もう直ぐ傍まで来ているお社から除夜の鐘が打たれ始め、冷たい夜気に染み入るように音を伝え運んで来る。
 
「今年も、宜しくな」
 
「宜しく、片倉さん。って言うか、あんまり世話掛けないでよね・・・・疲れるから
 
相変わらずな佐助の物言いに、年が変わっても変わらなくても『変わらない』と小十郎は思い、初笑いをする。それに佐助も釣られ笑い始めた。
 
「さーすーけーっ、ゆきはあめがたべたいっ!! 」
 
「こじゅうろう、おれもたべたい!! 」
 
佐助と小十郎が年始の挨拶を交わしている時、お参り路に並ぶ露店の甘味処の前で幸村と政宗が飴玉を強請り大声を上げていた。
 
「今日は、良いか・・・・」
 
「仕方あるまい。めでたい日だからな」
 
「その前に挨拶させなきゃ」
 
「そうだな」
 
新年早々これでは先が思いやられると頭を抱えたが、佐助と小十郎は、飴玉をせがみ今にも地団駄踏んで暴れそうな子供達に引き寄せられるのだった。
 
 
 

新春/20080103