「片倉さーん、お宅の旦那どーにかしてくんない!! 」

「藪から棒だな、佐助。政宗様がどうかしたのか? 」

「ウチの旦那余計な事教えるんだもん!! 文句の一つも言わせてくれる? 」
 
「文句? 」
 
「そう、文句・・・・はぁ・・・・」
 

畑仕事をしていた小十郎の元へと息切らせ走ってきた佐助は、愚痴を零すと大きな溜息を吐いた。
間違っても『忍』という立場の人間、この様な事如きで息切らせて走るなど、以ての外。
忍と言う佐助を焦らせ、穏やかに土と戯れ、畑の手入れをしている小十郎に文句の一つを言うべく飛んできたのだ。
原因は、佐助の背中に背負われ何時の間にかすやすやと眠ってしまった幸村と、『お宅の旦那』と絶叫した政宗だった。
頭に巻いていた手拭いを外し、額にうっすらと浮かんだ汗をそれで拭った小十郎は、佐助の背中で熟睡している幸村の頬をちょいと突く。
 
「良く寝てるじゃねぇか」
 
「そーなの、旦那寝ちゃうと起きないんだから・・・・って、ずれてるよ話!! 」
 
幸村の寝顔に笑みを零した小十郎の言葉につい、うっかりと乗ってしまった佐助は己に突っ込むと此処に飛んできた理由をクドクドと話し始めた。
 

***
 

「さーすーけーっ、さすけーっ!!! どこにいるのーっ!! 」 
 
屋敷に戻って来るなり大声を立て幸村は佐助の事を探し回っていた。
草履を脱ぎ捨て小さな手足を動す幸村は、屋敷内を一から十まで探したが目的の佐助は見付けられず、泣き出す一歩手前だった。
 
「そろそろ留守番とか出来るようにしなきゃなぁ・・・・」
 
当の佐助はと言うと、天井裏に忍び幸村の様子を伺っている。
子供を躾る『親』の立場として、何時までも甘えたな幸村では駄目だと、心を鬼にして隠れていたのだ。
しかし。
泣き出すと一寸やそっとでは泣きやまない幼子が愚図る前に、
 
「はいはい、旦那〜此処だよ」
 
佐助は己から折れ姿を見せてやる。すると、安心したのか幸村は、瞳いっぱいの涙を浮かべて佐助にしがみつき離れようとはしなかった。
 
「どーしたの旦那? 」
 
「うぇぇ・・・・さすけ、いないんだもん・・・・」
 
「居なくてゴメンね〜、お仕事で出掛けてたんだから許してよ」
 
切り札の『お仕事』の言葉を出すと幸村も納得する様子で、ぐすぐすと鼻を鳴らしながらでもぐっと涙を堪える。
その様子に心の中でゴメンね、と謝る佐助は、
 
〈まだまだ俺様も甘いよなぁ・・・・〉
 
と、親離れできないでいる幸村を抱き上げ宥めた。
途端に幸村はにこにこと笑い出し、今まで一緒に遊んでいた政宗との事を一生懸命拙い言葉を紡いで佐助に聞かせる。
すると、抱き上げられている幸村は、目の前にある佐助の顔を小さな両手で触れると、じっ、と見つめた。 
 
「何??」
 
「ゆき、さすけのことだいすきだよ」
 
「ありが・・・・って、何するのよぉーーーーーっ!!!」
 
小さな幸村の可愛い告白だと。
穏やかな気持ちで聞いていた佐助だったが、いきなり頬に暖かなものが触れ・・・・
それが幸村の唇だと気付くや否や、絶叫した。
顔を青くして震えている佐助を余所に、幸村はそれはそれは満足げに微笑んでいる。
 
「どっ、何処でそんな事覚えてきたのっ!!!」
 
「うーんとね、まさむねどのがね、ゆきにしてくれたの。すきなひとにするんだっておしえてくれたよ」
 
と、幸村の言葉を全部聞く前に佐助は、抱き上げていた幸村を背負い屋敷を飛び出した。
 
「あんのーっ!!! 」
 
『政宗』と聞いただけで佐助は・・・・余計な事を、と舌打ちをした。
可愛くて可愛くて仕方のない幸村に『口付け』等というマセた事を教えた政宗にお仕置きをしてやろうと、佐助は全速力で小十郎の元へと駆けていく。
一言、政宗の悪行と、それに対するお仕置き敢行する旨を小十郎に伝えておかなければ野菜を暫く分けて貰えないかも・・・・と、妙な危機感を持つ佐助であった。
 
この辺り、死活問題なので自分的譲歩をする佐助だった。
 
 
 
***
 
「ほう、そんな事があったか」
 
「もーっ!!! 片倉さんってばノンビリ構えすぎっ!!! 」
 
「政宗様は、幸村の事が『お気に入り』なのだから仕方なかろう」
 
「へっっ?! それで終わりなの?? 」
 
「まぁ・・・・終わりだな」
 
慌て怒り溜息と。
目まぐるしく表情を忙しく変えている佐助の肩をぽん、と小十郎は叩き宥める。
 
「まぁ、佐助の言いたい事は判るがな。俺からも政宗様には説教するとして、折角来たのだから茶でも飲んでいくか? 」
 
「・・・・そーする。ホント疲れた・・・・片倉さんの腰の据わりようと、竜の旦那のマセガキさに」
 
小十郎の物言いと落着きに佐助は、大きな溜息と大げさに肩を落とす仕種で呆れ加減を訴える。
その訴えられた小十郎は、これだけ佐助が大騒ぎしても一向に起きてこない背負われた幸村に小さく笑いかけ、疲れ切った佐助の腕を引き伴う。
そして、政宗が一人留守番をしている屋敷へと三人で帰るのであった。
 
 

母親の憂鬱/20071001〈修正20080102〉