雪が、降る
真白な華を咲かせている。
雪が、降る。
こんなに綺麗な華なのに。
雪が、降る。
貴方は『好きじゃない』と言う。
 
 

***
 
 
「今の内に戻らないと、吹雪くぞ」
 
吹雪いてしまってからでは遅いのだと、貴方は言った。
雪が止んでも暫くは、此処で足止めを食ってしまう。
そうなれば、山を下りることさえ出来なくなってしまう。
戻れなくなってしまうと。
白い世界に閉じ込められてしまうのだと。
貴方は少し悲しそうな目をして言った。

障子の向こう。
小さな白い華が降り落ちている。
 
 

「少し冷えるな」
 
そう言って立ち上がった貴方は、火鉢に炎を灯してくれた。
つい先程のこと。
火が熾り暖かくなり始めた頃、天から降り落ちてくるものがあった。
白く美しく、そして儚い雪の華。
 
「今なら未だ間に合う、早く戻れ」
 
貴方は火鉢の傍から離れ、障子に手を掛け少し透かすと空を見上げる。
私は貴方の姿を目で追い、寂しそうな背中を静かに見つめていた。
静寂の中、炭の爆ぜる小さな音だけが耳に届く。
大地を覆い隠すように雪華は静かに降り続ける。
私達が、この白い世界に閉じ込められるもの刻の問題だった。
 
「いえ……」
 
私は、貴方の元へ届くか否かの声で答える。
そして、火鉢の元を立ち上がると、貴方のその寂しそうな背中に縋り付いた。
 
「何をしている、帰らなければ足止めを食うぞ」
 
「戻りたくない……帰りたくない……私は貴方の傍に居たいのです」
 
「馬鹿が。お前にこの白く閉ざされた世界は似合うはずも無かろう。陽の下〈もと〉へ帰れ」
 
嫌々と。
貴方の背に頬を擦り付け駄々を捏ねる私に、溜息を零し戻らぬ訳を貴方は問うた。
離れまいと。
しっかと衣を握り締め、貴方の温もりを肌に感じながらそれに答える。
 
「閉ざされてしまえば貴方に会えなくなる……だから帰りたくないのです……それに
 
「それに?」
 
貴方の低く響く声色に弾かれ顔を上げた私は、握り締めていた衣から指を離すと、そのまま貴方の胸元へと指を滑らせ身体を抱きしめた。
障子の隙間から流れ込む冷気と雪華は、私達を包み込む。
外はもう吹雪き始めている。
私は陽の下へ戻る術を失ってしまっていた。
それで良い。
私が強く望んだことなのだから。
貴方の悲しそうな目と寂しそうな背中、そして『好きじゃない』と言う理由に気付いているから。
そう。
私が『戻りたくない・帰りたくない』と言う理由と同じなのだと。

「この白く降り積もる華を、好きでいて欲しいのです」
 
「…………」
 
「共に在れば、この白き世界でも暖かく幸福〈しあわせ〉で居られるから……だから、私は貴方と何時までも……共に在りたいのです」
 
離れたくない、と。
貴方を抱きしめる腕〈かいな〉に力を預け、離さぬように、離れぬように私は指を絡めた。
すると、私の指を解いた貴方は自分の指を繋ぎ、強く握り締めてくれた。
 
「お前と共に見る雪華なら好きでいられるだろう……何時までも傍で生きて欲しい」
 
そして。
真白な華が天から舞い散る様を見つめ続けていた貴方は、私へと向き直るとこの身体を強く抱きしめてくれたのだった。
 
 
***
 
 
雪が、降る。
お前と共に見る華は、幸福を与えてくれる。
雪が、降る。
白く閉ざされた世界でも、お前が傍に居るだけで暖かなものに変わる。
雪が、降る。
もう一人ではないのだと……永久に共に、在ろうと願う。
 
 
 
 
 
 
 
奥州の雪/20070902