蒼藍の色を流した大空に、数多の星が煌めいている。
天から零れ落ちてくる星の粒を、手にしたくて駄々を捏ねた幼い日。
今でも。
その時の『心』はそのままに……





***



上田の城に滞在して数日。
この地を任されている城主・真田幸村は、甲斐甲斐しく奥州筆頭・伊達政宗の世話を焼いていた。
甲斐甲斐しくと言っても、本当は不本意で仕方が無かった。
彼の事を『好き嫌い』で判別しろと言われれば、間違いなく幸村は『嫌い』と答えるだろう。
何かにつけてこの男は、幸村をからかうのだ。
それもいい歳をした大人が、子供じみた事をしてからかうのが、いけ好かなくて『嫌い』だった。
これさえなければ、人間的にも好敵手としても問題ない人物である政宗。
その辺りは『好き』な幸村なのである。



大体、自分の領地・奥州をほっぽり出して、何故上田に留まっているのか。
全ては政宗に原因があり、幸村は被害者だった。

事の始まりは、政宗がたまたま此の地に立ち寄った事から始まった。
一国一城の主が風来坊宜しくやって来たのだから、城内は騒然。
勿論、この城を預かる幸村は先頭に立って出迎えたのだが……


政宗が幸村と顔を合わせた瞬間。
つつ、と幸村の顎に手を掛けた政宗は、

「my sweet」

と正直、幸村には到底理解できない言葉を吐き、その頬に口付けたのだ。

「なっ、なにっ!!」

「挨拶だよ、あ・い・さ・つ……you see ?」

「うわぁぁぁぁーーーっ!!!」

毎度、この手の嫌がらせをされている幸村。
これも嫌がらせの一環だと取り、ほぼ丸腰状態の政宗目がけて槍を繰り出すという始末。
仮にも奥州筆頭。
自分より地位は高く、ましてほぼではあるが丸腰状態の相手に手を出し……掠り傷であろうと傷を付けてしまったのだ。
で、その結果。
城主としてのけじめ、嫌いな政宗の世話を甲斐甲斐しく焼くのだった。


幸村に世話を焼いて貰っている政宗はと言うと。
この様な結果であっても、幸村と共に居られると言う面では万々歳なのである。
別に世話を焼いて欲しいとは思ってはおらず、一緒に居られるだけで嬉しさ全開だった。
誰でも。
好いた人間の傍を離れたくはない……ものである。
政宗の嫌がらせは『好きの裏返し』で、鈍い幸村には到底判らぬ『政宗の気持ち』であった。




しかし、たかが掠り傷。
そう長くは居れまいと、一国を預かる身としては政務を放り出す訳にもいかず、これ以上この城に留まり幸村に嫌われたくはないしと、政宗の心はせめぎ合っていた。

「限界だな」

明日には此処を発とう……と。
政宗は、己の気持ちを伝えずまま幸村との寂しい別れを、後ろ髪引かれる思いで決めたのだった。



***



「明朝、此処を発たれるのですか?」

「嬉しいだろう? やっとオレから解放されるんだからなぁ」

「べ、別に……嬉しいとか思ってござらぬ」

「あからさまに顔、出てるぜ」

「政宗殿の勘違いでは、ござらぬか……」

「ま、良いや。今まで世話んなったな」

先に休ませてもらうぜ、と幸村に言葉を残して間借りしている状態の寝所へと政宗は去っていった。
幸村は、『政宗からやっと解放される』と言う気持ちから安堵の息を吐く。が、何故か心の中が晴れなかった。
自分でも理解できぬ靄が心の中を覆いつくしていた。
それは、この上田に政宗がやって来た時から晴れない靄だった。

「次は何時……あ……」

続く言葉を呑み込んだ幸村は、一掃靄のかかった心の辺りに掌をかざし当てる。鼓動と共に理解出来ない痛みが広がる胸の内にそっと涙した。




***




その夜。

なかなか眠りに付く事が出来ないでいた幸村は、布団から抜け出すと外の空気を吸おう浴びようと天守へと足を向けた。
夜気は肌寒く、羽織の前を合わせ少し身を屈めた状態で音無く歩いて行く。
蒼藍の澄み渡る空に満天の星が煌めき、散りばめられていた。
幸村は、その美しい様に目を奪われ溜息を零す。そして、視線を少し動かせば欄干に影が一つある事に気付き、密やかな声で誰かを問う。

「ま……政宗殿でござるか?」

「……ya」

微かに聞こえる声の主に安堵した幸村は、自分と同じ様に羽織姿の政宗に近付いた。

「どうかされましたか?」

「アンタと一緒……此処の空は綺麗だな」

此処を、幸村と離れてしまうのが口惜しい。そう言いたい政宗であったが、敢えて幸村と同じ理由にすり替えると、今まで眺めていた星空の感想を幸村に蕩々と語り続ける。
そう、此処で話さなければもう刻が……二人きりになれるのは無いのだからと。



「はい、某も眠れぬ時は此処へ、この美しい星空を見に参ります」

「まぁ、こっちも負けねぇくらい、空が高くて綺麗だがな」

自分の治める奥州の星空の事を幸村に話し聞かせ、負けはしないと言う。
人の上に立つ人間なのに、こうして話してみると子供じみた……そう、幸村に悪戯な事ばかりしているのも何となく判るような気がした。
そう思った幸村は、小さく笑うと『奥州の地の星空も見てみたい』と政宗に自分の心に思った事を素直に伝えた。
正直、『嫌い』な筈なのに。
天守で会えたのが政宗で、そして二人でゆるりと話をしているのが嬉しいと感じていた。
何故、この様な気持ちになっているのか。
今はまだ理由を見出せ無い幸村であったが、少なくとも政宗に対する『嫌い』と言う感情が薄れつつあった。

「今度はアンタか来れば良い。案内はオレがしてやるさ」

「国の主である政宗殿が……ですか?!」

「今まで世話んなったし、それぐらいはしねぇと罰が当たる」

政宗の気遣いと言葉が嬉しくて、星の輝きを思わせる程の笑顔で幸村は返答した。

「はい、是非に!!」

「じゃ、約束だぜ」

上田の城に留まる最初の原因を作った時のように。
幸村の顎に手を掛けた政宗は、その柔らかな頬に口付けを一つ、した。
暴れ出すかと思っていた政宗だったが、幸村は言葉無く頬を染め政宗の事を見つめていた。



二人の可愛らしい様を見守るように、星の群れが流れて行く。
祝福するかのように……




***



翌朝、幸村や家臣達に見送られ政宗は、城を後にした。

蒼く澄んだ星空に祝福をされる中、幸村と交わした『約束』が叶う事を祈りながら……





流星記/20070926〈修正/20080207〉




本当に初期に書いたお話です。
全然慣れていないと言うか・・・初めて二人の名を出して書いてお話でした。

この二人も青いけど、私も青かったです。苦笑。