空に、舞え。
風に、舞え。
華に、舞え。
 
呼吸を合わせ、心を合わせ。
貴方と共に・・・・この世に舞う。
 
*****
 
麗らかな日差しの中、真田幸村はいつの間にか縁側でうとうと・・・・としていた。
伊達政宗によって宛われた屋敷で一人。
奥州の少し遅い、柔らかな春の光を浴びては気持ちよさげに目を閉じている。
 

武田信玄の使者とし書状を政宗に渡すだけというだけではあったが、佐助と共に幸村はこの地へと使わされていた。
日頃『鍛錬・鍛錬』と身体を動かす事に全霊を傾ける幸村を、少し休ませてやろうと信玄の親心も書き添えられた書状に目を通した政宗は、
 
「・・・・押しつけやがって、虎のおっさん」
 
溜息と愚痴を零すと、傍に控えいてた小十郎に書状に書かれていた旨を説明し、甲斐から来た二人を屋敷に案内させるのだった。
 
 
 

「二、三日此処でゆっくりしていけ。何か用があればウチの奴等に言えばいい」
 
それだけを申し伝え出て行こうとする小十郎に、全くもって意味が判らないと言う表情を幸村は浮かべる。
そして、佐助が幸村の心中を代弁する。
 
「片倉さん、俺達此処に居ちゃって良いの? 」
 
「居ても良いも、テメェはそのつもりだろう。真田にはそのつもりがなさそうだが・・・・な」
 
「まぁね〜。もしかして大将からの文に書いてた訳?? 」
 
「おっ、お館様が?! 」
 
信玄の名を耳にするだけで直ぐさま反応する幸村に、佐助と小十郎は溜息を同時に吐いた。
とうの本人はと言うと、書状に何が書かれていたのかが知りたくて知りたくて仕方が無いという表情に変わり、小十郎に視線だけで訴えるのだった。
 
「はぁ。信玄公はテメェ等が働きすぎるからと、暫く此処で羽根を伸ばさせてやってくれ・・・・と記されていたそうだ」
 
幸村の視線に耐えかね小十郎は溜息を洩らしながら説明すると、今度こそ屋敷から出て行ってしまった。
 
 
 
 

「大将のお墨付き貰っちゃったから、ゆっくりして行こうよ旦那」
 
「しかし、一日でも鍛錬を休めば身体が鈍ってしまうではないか」
 
「あのねぇ・・・・それしきで鈍るような身体してんの? 大将の厚意、無にしちゃうんだ〜」
 
「そっ、その様なつもりは・・・・」
 
柔らかな風が庭に咲く桜の花弁をひらりひらりと、通された屋敷で押し問答をしている幸村と佐助の元に届けてくれる。
甲斐の春はもう終わろうとしているのに、奥州の春はこれからなのだと二人は薄桃色の花を見て思う。
そして、幸村と佐助は顔を見合わせて、笑い合った。
 
「ま、良いんじゃないの。もう一回、花見出来ちゃうんだから」
 
「そ、そうだな・・・・お館様のお心遣い、有り難く頂戴しなければ罰が当たってしまう」
 
「そうそう。あ、俺ちょっと片倉さんトコ行ってくるから・・・・旦那ゆっくりしててね」
 
佐助はそれだけ言うと幸村の前から姿を消してしまった。
勝手の判らぬ場所で一人にするな、と、消えてしまった忍には主の文句など聞こえるはずもなかった。
広い屋敷に一人残された幸村は、縁側に腰掛け穏やかな春の光を浴びながら桜の花を愛でた。
 
 

*****
 
 
どれ程の刻が過ぎたのか・・・・
時折吹く春風に可愛らしい花弁の舞う様を見つめ続けていた幸村は、うたたねをしてしまっていたようだった。
いつの間にか船を漕いでいた首が折れ、吃驚して目を覚ますと辺りを見回した。
誰も居ない事に安堵し、この姿を見られていなくて良かったと一瞬詰めた息を吐く。
そして、この穏やかな春風を胸一杯に吸い込む。
桜花の甘い香りが鼻腔を擽り、幸村は自然と笑顔を綻ばせた。
甘く甘く薫る花弁に誘われるように、庭先にある桜の木に身体を寄せ、その幹の暖かさと流れ出る優しさに目を閉じる。
 
 
暫く桜の優しさを受けていた幸村は、心が満たされたのか。ゆるりと目を開き花の舞い散る様を、その瞳に焼き付けた。
淡い色した花弁が、春風に踊る。
それに誘われるように、幸村の身体も風に舞う。
いつもの、紅色した戦装束ではなく、身に纏う物は薄桜色の小袖に青藍色の袴姿。
袴の裾を翻し、花弁をその手に掬うように、指先に絡めるように腕をしならせる。
幸村の琥珀色した髪に戯れるように風が舞い、その風に一房だけ伸ばされた後ろ髪も舞い散った。
 

「アンタ、戦馬鹿だと思っていたが・・・・舞えるんだな」
 
「まっ・・・・」
 
「そのまま続けろ。合わせてやる」
 
「はっ、はいっ」
 
無心に舞っていた幸村に突然声を掛けた政宗は、その動きに合わせるように舞い踊った。
突然・・・・と言いはしても、幸村の様子を見に来た政宗は、庭先で桜の花弁と春風に舞うその姿に見惚れていたのだ。
しかし、何時まで経っても無心に舞い続けている幸村に業を煮やす。
刀と槍を戦場で交えた事はあったが、まさか幸村が舞えるという事など知らなかった政宗は、そのしなやかに花風と戯れる心と身体に己を重ねてみたいと思ったのだ。
 
 
幸村の舞いに、政宗の舞いが重なり一つになる。
心を、身体を、呼吸を、鼓動を、二人は繋げる。
柔らかな春風に舞う桜花と共に、幸村と政宗も舞うのだった。
 
 
 
桜花乱舞/20071115