我の愛した姫君の。
清廉潔白な御身と御心。
如何様にすれば・・・・
我の腕に抱く事が出来るのだろう。
 
*****

「何をしに来られた」 
 
「つれないねぇ。戦馬鹿のアンタ様子、見に来てやったんだよ。敵さんも大人しいもんだからよ、身体鈍ってんじゃねぇかなぁ・・・・って」
 
「某、戦馬鹿などではござらぬ・・・・失礼にも程がありまする。それに日々鍛錬しております故、心配無用にて政宗殿」
 
「そいつは悪かったなぁ、真田幸村」
 
「しかし、一国の主である貴殿が、先陣に・・・しかもお一人で来られるのは如何なものかと」
 
「アンタ、小十郎みてぇだよな。小言うるせぇの」
 
二人が顔を合わせれば、いつもこの様な会話が繰り広げられる。
決して幸村と言い合いをしたい訳ではないのに、と政宗は心の底で何時も思う。
 

*****
 
今の戦況は動く事もなく、膠着状態であった。
甲斐の主、武田信玄と共に政宗は兵を鼓舞するべくこの陣に居座っていたが、動く事無い戦況の為、暫し後陣へと下がっていたのだ。
政宗も信玄も、どちらかと言えば表に立って戦いたい性分。
年の功もありどっしりと構えている信玄とは違い、未だ若輩者の政宗は同じ『主』という立場ではあれど、血気盛んであった。
『竜の右目』と呼ばれている片倉小十郎が常に言う、
 
「自重して下さいませ」
 
の言葉に耳を傾けるはずもなく、政宗は後陣を単騎にて飛び出して行った。
 

*****
 

奥州の主の軽率な行動と、自分に対する物言いに不機嫌極まりない表情を浮かべている幸村は苦言を呈する。
 
「片倉殿が心配されます故、後陣へお引き下され!!」
 
「Ah ?! 」
 
強く言い放つ幸村に己の顔をずい、と近付ける政宗と、至近距離で眼光鋭い隻眼で見据えられても視線を外すことない幸村は言葉を続ける。
 
「もしも今、政宗殿の御身に何かが起これば大事になりまする。お判りになられるでしょう? 」
 
言葉の後、距離を取った幸村は、手にした二双の槍で政宗を追い返す為に無礼を承知で突き付けたのだ。
条件反射とも言うべきなのだろう。鈍色に輝く刃先を向けられた政宗は、腰に据えた六刀を抜き、幸村の向けた槍に咬ませた。
 
「やるか!!」
 
「違いまする・・・・判って下され、政宗殿」
 
政宗の軽率な行動を諫める言葉と行動ではあったが、幸村の浮かべる表情はそれとは裏腹に、今にも泣き出しそうなものだった。

心配なのだと。

此処までの道程、無事であったから良いものの、膠着状態とは言え何が潜み、何処で命を狙われる共知れない状況。
幸村としても、この戦が終われば好敵手として互いの力を思う存分交えてみたいと、そう政宗と話していたのに。
その『願い』を叶えたいのだと、言葉には出来ない本心を眼で、表情で訴える。
 
「Sorry・・・・幸村」
 
「いえ。某の非礼、お許し下され」
 
血に任せ張りつめたまま六刀を抜いた政宗であったが、幸村の本心を見、詫びるとそれを収めた。
幸村も突き付けていた二双の槍を下ろすと、政宗に詫びる。
互いに顔を見合わせ一つ息を吐くと政宗は、後陣へ戻ると雷を落とされるであろう小十郎に対する愚痴を零した。
 
「アンタにもだけど、向こう帰ったら小十郎にもグチグチ言われるんだろうなぁ」
 
「仕方ないでござる。片倉殿の説教をしかとお聞き下され、政宗殿」
 
小さく笑いを零す幸村に付き添われながら陣に設えられている馬舎へと向かう。
幸村が後陣までの先導を申し出たが、
 
「此処からアンタが居なくなっている隙に狙われたらどーすんだよ、誰が護ってやる?」
 
と、己は一人出てきた癖に棚に上げた政宗は、一人で帰す事を心配している幸村を叱責した。
 
「しかし・・・・」
 
「オレが簡単にくたばると思ってんのかよ? 」
 
「いえ、その様な事は決して思っては居りませぬ」
 
「なら、良い。大丈夫だから心配すんな・・・・You See ? 」
 
「・・・・承知した」
 
「それと、これ・・・・アンタに似合いそうだからやるよ」
 
「えぇ!! こっ、この様な・・・・」
 
幸村の返事を聞くことなく馬に飛び乗った政宗は、手綱を引くと一つ掛け声を上げ、陣を突っ切って行った。
走り去る政宗と、投げられた物を交互に見た幸村は複雑な面持ちをしていた。
 
「某は・・・・女子では御座らぬっ!!!」
 
頬を朱に染め怒る幸村の言葉は、空しく夏空に響くのであった。
 
 
 
紅い紅い、牡丹の花。
戦場の『紅蓮の花』には良く似合う・・・・花であった。
 
 
 
 

牡丹花/20071005