「腕出しな、幸」

「薮から棒に…如何なされましたか?」



室で穏やかな刻を、チビと言う名の子猫と過ごしていた幸村に突然、政宗が言い放った台詞。
畳に座り込んでいた幸村が視線を上げれば、頭上から政宗の鋭い視線に出会い、理由も分からずに強要するその姿に少し怯えてしまう。

「あぁ、そういうつもりじゃ無い」

幸村の思いを感じたチビが、その腕の中、柔らかな毛を逆立て主を護ろうと小さな身体で政宗を威嚇していた。
不機嫌なチビの様子に気付いた政宗は、宥めようと幸村の腕から抱き上げ『すまない』と小さな従者に詫びた。喉元を撫でてやると思いが通じたのか…可愛く甘い声でひと鳴きすると室から飛び出していってしまう。

「行かなくても良いのに…」

「あいつなりに気遣いでもしたか?」

人の悪い笑みを浮かべる政宗の真意を読んだ幸村は、物凄い勢いで手にしていた扇子を投げ付ける。が、飛んでくる事を読んでいた政宗は軽くいなすと、その手で幸村の腕を掴み引き寄せた。

「政宗殿っ、痛うございます!」

「ちょっと辛抱しな、すぐ終わる」

そういうなり、着物の袖から布を取り出し、手際良く幸村の手首から腕にかけ巻き付けて行き…

「済んだぜ」

そう言うと、拘束していた腕を離した。

「どのようなおつもりで…このような事を…」

「幸が俺の者だと言う証にだ」

政宗の言葉に腕に巻かれた物に驚き、そして同時に嬉しさも込み上げてくる幸村であった。
政宗の身印と言ってもいいだろう、美しい蒼の細帯が幸村のしなやかな腕に絡み付き、蝶のようにひらひらと揺れ舞い踊っている。

「……それでは、政宗殿も腕をお出し下され」

ほのかに朱の熱に染まる頬を隠す事なく魅せる幸村は、同じ様に政宗の腕をねだる。
幸村と違い、言われるがまま己の腕を差し出した政宗。
着物の袖を少し上げれば政宗の、何度も己を抱いた腕が、その肌かあらわになる。
五月蝿く鳴り続ける心音を耳に響かせながら幸村は、身印である深紅の細帯を…政宗の様に上手くは出来なくとも、心を込めて愛しい人の腕に絡めて行くと、ひらひらと幸村の蝶が政宗の腕に舞い降りた。

「これで…政宗殿も…幸の者でございましょう?」

幸村は、華が綻ぶ程の艶やかさを纏う笑みを湛え政宗に想いを伝える。

「そうだな」

政宗は、蒼の蝶が羽を休める幸村の手を取り、指を絡めた。
深紅の蝶が羽を休める政宗の指を優しく握る。


二羽の蝶が舞うその手に…二人は頬を寄せ、愛を紡いだ。







蝶/20071214