長い長い冬が過ぎ。
やがて春が訪れる。
君が春を連れて、此の地へと。
 
*****
 
北の地、奥州の冬は長く、降り積もる雪は大地を凍てつかせ、人々の往来を拒む。
寂しく延々と白い平原が視界に広がる。 
 
「・・・・春は、未だ来ず・・・・か」
 
静かに静かに、空から舞い散る雪を眺めては盃に口を付ける。
雪見酒などと洒落た事をしていると思うが、此処ではごくありきたりの事。
眼前に広がる世界は、白一色しかないのだ。
否応なしに雪見酒になる。
 
「今宵も吹雪くでしょう。風が舞い始めております」
 
気を利かせてか吹雪く風が入らないようにと障子を閉める小十郎の手を止めさせ、俺の傍へ、火鉢の袂へと呼び寄せた。
呼ばれ静かに腰を下ろす小十郎に『付き合え』と盃を挿しだし、酒を勧めた。
ずっと一人で雪見酒をしていたのだ、そろそろ話し相手が欲しい所だった。
ただ、一緒に飲むのが小十郎と言うのが難であり、迂闊な事を言えば小言が返って来る。
頭を下げた小十郎は、火鉢に炭をくべ火を熾し、吹雪く前に手を打つ辺りは流石と言うべきだろう。
それから漸くして盃に自ら酒を満たし、一つ二つと口を付けた。
俺が酌をしようとすれば手で遮り、俺の盃が空けば小十郎は酌をする。
 
「受けろよ」
 
「滅相もございません。けじめがありましょうぞ」
 
「別に良いじゃねぇか、誰もいねぇし」
 
「・・・・」
 
俺の物言いに困った小十郎は、小言を洩らす時のように眉間に皺を寄せどうしたものかと思案していた。
その様子に喉を鳴らし笑う。
 
「あんまり悩むと禿げるぞ」
 
と、要らぬ世話を口にして有無を言わせずして、眉間に皺を話浮かべたままの『右目』の杯を満たしてやる。
余りの言われように首を左右に振り、肩を落とした小十郎は、
 
「こんな時に真田がいれば、政宗様のお相手をせずに済んだものを・・・・」
 
やはり口から零してしまう小言に自ら苦笑し、注がれた酒を呷った。
 
 
 

真田・・・・真田幸村。
甲斐の国・武田信玄に仕えし武将、そして、最大のライバルであり・・・・
小十郎の口から付いて出たその名に、蕩々と降り落ちる雪の中、ふと幻が浮かぶ。
奥州に雪が降り始めた頃に会って以来だ。
寒いと言うのに、いつもの紅い装束で何食わぬ顔をする幸村と、別れた時のを思い出す。
色褪せる事無いその記憶は時の流れを止めていたが、確実に世界は時を刻み冬の到来、そして春を待つ。
珍しく子供のように愚図る幸村を、仕えの忍は引きずって甲斐に帰ったのだ。
本当は、離れたくはなかった。
たかが冬の、一節の間とは言え奥州のそれは長く、易々と往来する事は不可能だった
だからこそ、愚図り、離れたくないのだと互いに思う。
思ってはいても、互いに抱えるもの、背負うものの宿命。
今は仕方ないのだと、いずれ雪が溶け春になれば会えるであろう愛しき者の姿を雪幻に見る。
 
 

「政宗様」
 
「Ah・・・・」
 
「その様な顔をなさって・・・・気になるのであれば風〈ふう〉を飛ばせば宜しいものを」
 
「ンな可哀想な事、出来るかよ。もう少し、雪が収まるまで待つさ。まぁ、その間は五月蠅い小十郎が俺の相手だけどな」
 
「早く春が来て、政宗様のお相手を真田・・・・いや、幸村に譲りとうございます」
 
胃の辺りを押さえ少し悪戯そうに言う小十郎の軽口に、俺は春の訪れを、幸村を待ち焦がれながら障子の外、風に舞う雪花を見詰めた。
 
 

*****
 

その後。
雪解けの始まりだした奥州の地。
流れる風は暖かさを徐々に増し、陽の光は白く積もる雪を暖かく解〈ほど〉き融かしていく。
 
「 Let's GO 」
 
久々に澄み渡る青空を見上げた俺は、風に文を託し、遠く甲斐までの使いを頼み大空へと放つ。

『何かあったら、この子に頼んでよ。良い子だから大切にしてくんなきゃ、お仕置きだかんね』

そう言って幸村を引きずりながら甲斐へと戻る前に、仕えの忍・・・・佐助が俺に預けたミミズクの子。
冬の始まりは何度か甲斐へ文を届けて貰っていたが、吹雪く中を飛ばせるのは忍びないと自重していた。
そして、もうすぐ春が来るとの声を聞き、風に願いを託し羽ばたかせたのだった。
 
 
 
 
風に使いを頼み、暫くしたある日。
 
「政宗様、客人が参りました」
 
「Ahーーー誰だ、一体?!」
 
もう冬の影はなくなり、穏やかな春の日差しが室へと零れて来るようになって幾ばくかの日が過ぎた。
雪も殆ど溶けて無くなり、新しい命の息吹が、緑が鮮やかな色を天に向け力強く成長を始めている。
柔らかな色を湛える花々も実を付け、零れんばかりに咲いていた。
来訪者の事など小十郎からは聞かされてはいないと思いながら、先を行く小十郎が襖を開けた瞬間だった。
何かが、目の前を黒い物が横切ったかと思えば視界が天上を写していた。しかも、物凄い勢いで突進してきたものを受け止めるのがやっとだった俺は、畳に頭を打ち付け目眩を起こしていた。
 
「じゃーね、竜の旦那。ウチの旦那のお守り宜しく〜」
 
「失礼致します、政宗様」
 
スッと閉じられていく襖の向こう、小十郎ではない聞き覚えのある声が耳に届いたかと思えば、室の中で二人きりにさせられてしまったのだ。
抱き留めた者の琥珀色した髪が隻眼の前で揺れている。
あの日。
引きずられ愚図りながら甲斐へと帰った反動か、珍しく・・・・大胆と言うべき行動だと俺は思った。
まさか、いきなり抱き付いてくるとは予想すら付かない奴なのだから。
と言うより、幸村と佐助が来る話など聞かされて無く、どうリアクションすれば良いのか判らずにいた。
 
「政宗殿っ!!」
 
「わ・・・・判ったからそんなにしがみつくな。顔見せろ、幸」
 
幸村は俺を『押し倒している』という事にも気付かないでいるのだろう、両腕で己を支えると下に敷いた俺の顔をジッと見てきた。
日に透け輝く琥珀色した髪に触れてやると、幸村は満面の笑みを浮かべるのだった。
 
「春を連れてきてくれてありがとう、幸」
 
そして、俺の言葉に真っ赤になっている幸村の首筋に手を掛け、引き寄せると腕の中に閉じ込めた。
 
 
 
 

春を連れて/20071011〈修正20071207〉