あなたにあえてよかった〈伊達主従〉




 
 
 
 
「小十郎が今、此処にいてくれて良かったと思う」
 
「・・・・政宗様、何か妙な物を食されましたか?」
 
「Shit Up !! 誰がンなモン、食うかよ!!!」
 
「そうですよね・・・・しかし、如何なされました? その様な可愛らしい事を申されて・・・・」
 
言葉の続きを聞く前に、がたんと、失礼な話ではあるが珍しく黙々と政務をこなしていた政宗が立ち上がり、怒りを露わにするように足を踏みならし室を後にした。
文机に積み上げられた書簡の束を眺めた小十郎は、溜息を一つ、室を飛び出した政宗と自分自身に吐いた。
今の今まで、このような部類の言葉を政宗の口から直に聞いた事が無かった小十郎の失態。
何時も勝ち気で、聞かん坊の『梵天丸』と呼ばれていた頃から彼に仕え、彼の為に命を賭すと誓い生きてきた。
その政宗には似つかわしくない台詞に、政宗の持つ心底に、小十郎は茶化した言葉を零してしまったのだ。
 
「何をしている・・・・」
 
己の失態を恥じ、そんな自分自身に怒りをぶつけるように呟いた小十郎は、政宗を探すべく城内を駆けずり回るのであった。
 
 
 
*****
 
 
 
まだ、政宗が幼名で呼ばれていた頃の話。
 

「景綱、今日より我が子、梵天丸の守り役として仕えてくれまいか?」
 
「殿、申し上げまする。私のような若輩者にその様な大役、勤まりませぬ」
 
「若輩者と言うが齢十八にもなろう、立派な成人ではないか。それに『小十郎』の名も継いでおろう」
 
政宗の父・輝宗に仕えてた景綱・・・・小十郎は少々困った顔をし輝宗の命に耳を傾けていた。
困惑の色を浮かべている小十郎に何故、その様な命を授けるのかと輝宗は眉間に皺を寄せ、小十郎の小さな抗いに困った顔をして説く。
 
「景綱・・・・いや、小十郎。周りの連中に比べると梵天丸や時宗丸に歳が近いというのもあり、推挙もあった。何より・・・・私が信頼して任せられる」
 
「そのようなお言葉、私には勿体のうございます」
 
「・・・・頼まれてはくれまいか」
 
輝宗は、若い小十郎を茶室へと呼び、自ら茶を点て振る舞い、この様な話を振った。
己が仕えている殿に茶を勧められ、それでなくとも話の内容に困惑し、さらに輪を掛けるような茶の持てなしに追い打ちを食らい動揺するばかりだった。
ずい、と出される茶器と共に輝宗は『なぁ』と促す言葉を添える。
将来、伊達家を継ぐ身の政宗の守り役として勤まるのか否か、小十郎は大役に不安で仕方なかった。
しかし、殿の命は絶対。断るような事にでもなれば如何様になるかなど直ぐに理解出来た。
だが、やはり不安は拭いきれないのである。
 
 
緊張したままの小十郎と、にこやかではあるが押しの強さを物語るような輝宗との間に沈黙が流れる。
嫌な沈黙ではなく、これからの運命を決める凛とした、沈黙。
茶室に流れ来る風の薫りは、若葉の瑞々しさを運ぶと共に、幼いの緑葉が一つ・二つと舞い込んできた。
これからの小十郎の『路』を示すかのような、新しい風。
すると。
その風と幼い緑葉が戯れているかのような幼子の声が、茶室にまで響いてきた。
 
「丁度良いわ」
 
流れていた沈黙を掻き消すような可愛らしい声に輝宗は立ち上がり、庭先で遊びに夢中になっている政宗を呼びつけた。
 
「梵天丸、時宗丸も一緒にこちらへ参れ」
 
その声に元気良く二つの返事が返されると、まだ教えられてた作法も忘れてしまう程の幼子が二人、茶室へと上がってきた。
そして、足を崩し畳に腰を下ろす光輝の膝の上、政宗はちょこんと座り、本来政宗に仕える立場の成実も一緒になって座っていた。
 
「何て事を!! 」
 
未だ年端も行かぬ成実の面倒を見ているのが小十郎であり、家臣としての心得を教えているのだ。
 
「梵が座ってるから良いじゃん、ねっ」
 
「・・・・ああ」
 
「たわけた事を!! こちらへ来なさい!! 」
 
元気な成実に対して、先程輝宗の呼びかけには元気よく返事をしていた政宗ではあったが小十郎が居る所為なのだろうか、人を信じないと言う風な視線を送り、ぼそりと言葉を出した。
眉間に皺を寄せ、成実に雷を落とすべく立ち上がろうとした時、輝宗は大声立て豪快に笑い飛ばした。
 
「小十郎、それで良い。時宗丸に接するように・・・これにも接してやって欲しい」
 
「殿、梵天丸様は伊達家次期当主になられるお方、それをどうして共にと申されますか!? 」
 
思わず声を荒げてしまった小十郎は我に返り、立場もわきまえずに取った行動に伏して詫びる。
輝宗も別段と気を悪くする事でもなく、二人の幼子の相手をしつつ小十郎に面を上げるように促す。
 
「まだ当主という訳でも無し、今は学び、見聞を広げる立場。それに・・・・理由は分かっておるが、人を信用しない所がありすぎるのでな。難しいとは思うが、面倒を見てやってくれぬか? 時宗と同じ様に叱ってくれれば良い」
 
「小十郎と梵と一緒に遊べるの!! 」
 
「時宗、遊ぶだけではなく学も付けなければ駄目だぞ。お前も、小十郎に教えを貰え
 
「はーい!! 」
 
「はい、父上」
 
「と、言う訳で二人纏めて宜しく頼む」
 
膝に抱えた幼子の小さな頭をぐい、と下げさせた輝宗は、自らも小十郎に頭を垂れた
その光景に、『勿体のうございます』と返答した小十郎は、畳に額を付ける程に伏したのだった。
 
 

それから、十年余りの月日が流れ。
小十郎を『竜の右目』と呼ばせる程の信頼を置き、政宗は伊達家当主として奥州の地を治めている。
しかし。
昔と変わらず子供じみた事も成実と共に仕出かしてくれるので、胃の痛い、眉間に皺を寄せ小言を言うという日々を送っていた。
 
 
 
*****
 
 
 
「此処にいらっしゃいましたか、政宗様」
 
「何しに来たんだ、小十郎? 」
 
「お迎えに」
 
その昔、父親が小十郎に『教育係』を願い込んだ茶室で政宗は畳と戯れていた。
小十郎に背を向けるようにゴロリと寝返りを打った政宗は、無言の抵抗をする。
幼い頃、同じ様に政宗が拗ねてしまった時の事を思い出した小十郎は、密やかに笑むと彼の横に腰を下ろし言葉を紡ぐ。
 
「私も、政宗様のお側で仕えられる事を、その背中を護れるという事を誇りに思い、喜びと感じております」
 
「・・・・Han・・・・」
 
あの時と同じ様に、瑞々しい緑風が薫り、たおやかな時間が政宗と小十郎を繋ぐように流れ行く。
小十郎の胸の内を聞いた政宗は、囁くような声で強がりを吐き、幼子のように膝を抱え自分を掻き抱くのだった。
 
 
 

あなたにあえてよかった〈伊達主従〉/20071008〈修正20071125〉