真綿の紐〈伊達主従〉









ーーーーー私は貴方の背を護り、貴方の目になりましょう。

貴方の真白な魂を、何時までも…何時までもーーーーー








奥州の冬は厳しく、そして淡く白く、何もかもを凍てつかせていく。
果ては人の『心』までをも閉させてしまう程だった。


梵天丸……

いや、次期伊達家当主となる政宗の心も奥州の冬には敵わず、緩やかに緩やかに…その真白な心を閉ざしていく。

隻眼となりし頃。
周りの者達から忌み嫌われ、次期当主と言う戴きが無ければとうの昔に捨てられていただろう。
致し方なしに…と、その者達は政宗の相手をしていたのだ。


未だ幼子で、真白過ぎた政宗の心を『真綿の紐』と言う名の忌み嫌う感情で…じわりじわりと締め付けて行く。

独り。

政宗は、この奥州の冬と同じ様に…心を凍てつかせていた。






『孤独』と言う凍てついた心と共存する術を覚えた政宗の前に、ある日、一つの『希望』が現れた。



片倉小十郎影綱。




政宗の懐刀として仕えることになった小十郎が、政宗の真綿の紐で締められていた真白な心を…解きほぐして行くのだった。






小十郎は、政宗の事を『可哀相だから』等と言う陳腐な台詞では片付ける事は無かった。
次期当主としての品格を、教養を幼子の時から身につけ、人の上に立つ力量を…天性に持ち合わせている政宗には、このような姿は似合わないのだと。

『政宗様は、本来在るべき姿に戻られるべし』

そう願い、己が政宗の心に絡まる真綿の紐をどれほど解く事が出来るかと…大それた事をと思われるかも知れないが、思わずには居られなかった。





塞ぎきり、言葉を交わそうとも…人を見限り、決して心の底を、幼子の柔らかな笑顔を見せようとはしない政宗に小十郎は、常に優しく話し掛ける。


なかなかと、解けぬ紐に苛立ちを、此処まで政宗を追い込んだ輩を始末してやりたいとさえ思い始めていた小十郎だったが…


ある日。





うつうつと。
小十郎は疲れていたのか、政宗の眠る枕元でうたた寝をしてしまっていたのだ。奥州の冬は寒いというのに掛け物も無く、胡座をかいたまま眠っていた。

不意に。

船を漕いでいた首がカクリと折れ、冷静な小十郎には珍しくあわてふためいてしまう
左右に首を振り眠気覚ませば、胡座をかいた膝の上、小さな手を乗せ様子を伺っている幼子が…

「政宗様、申し訳ございません!この小十郎、不覚にも……」

傍に寄り小十郎の様子を伺っている政宗は、ふんわりと笑みを見せると、

「こじゅうろうもねむいの?じゃあ、いっしょにおやすみしよう!」

こう言って自分が使っていた布団を引き寄せ、小十郎がかいた胡座の上にちょこ、と座り布団で小十郎ごと包み、一緒に包まった。

「政宗さ…ま…?」

「ほら、こうしてると…あたたかいでしょ…ふぁぁ…」

幼子らしい可愛い欠伸を手で隠しながら小十郎に話しかけた政宗は、うつうつと…眠りに入って行く。





初めて。



政宗が見せた素直な…真白な心に触れた小十郎は嬉しくて…嬉しくて…



幼い政宗に知られないように、涙を零したのだった。





ーーーーー貴方の…真綿の紐で絡まりし御心を、解くことが出来たと…私は思っても宜しいのでしょうかーーーーー





真綿の紐/20071220