手〈伊達主従〉








あたなを護るために在る、この身体と魂と。

あなたの抱える荷が、少しでも楽になるようにと…
支えになれればと願い、あなたに添う。









深夜、辺りがひっそりと静まり返った頃、夜着に羽織りを掛けた姿、手には刀を持つ小十郎は見回りをするため城内を歩いていた。

何事も無く見回りを終えようとしていたが、政宗の室の前を通り掛かった時だった。
突然、中から悲鳴が聞こえて来た。


これが初めてではない。
何度も何度も繰り返されている、夢見の悪い政宗の悲鳴。
小十郎には理由が判っていた。
幼い頃、疱瘡で失った右目のせいだと言う事を。
もうすっかり傷は癒えているというのに、精神的なものもあるのだろうか…未だにそのような事を繰り返している。


不安になる事等なにも無いと言うのに…と、政宗に添う小十郎は思っていた。




その刹那の声を耳にした小十郎は、直ぐさま手ぬぐいと水を満たした桶、そして落ち着いて貰う為にと甘い糖水を手に政宗の室を改めて訪れる。





「政宗様、失礼致します」
中からの返事を待たずして小十郎は室へと入る。
敷かれた布団の上、両手で頭を髪を掴み荒い息をする痛々しい政宗の姿があった。

「うなされておられましたが…」

その一言だけを政宗に掛けるだけしか出来ない小十郎は唇を噛み締め、政宗の額に滲んだ汗を、水で浸した手拭いで拭い去ってやる。見えている左目を大きく見開き、肩を上下させては息を吐く。
自らを落ち着かせるために繰り返す政宗に、

「さ、召し上がられますよう…」

糖水の入った茶器を手渡した。しかし、なかなか落ち着かないのか…茶器を持つ手が震え、政宗はなかなか上手く口まで運べずにいる。
失礼致します、と言葉を添えた小十郎は、己の手で政宗の手を茶器ごと握り締めると介添えしてやるのだった。
余程、喉が渇いていたのだろうか政宗は、一息に糖水を飲み干した。それでも息は整わず、苦しそうに顔を歪めている。
小十郎は、少しでも落ち着いて貰おうと己の大きな手で政宗の、小さな背中を摩り続けていた。




暫くの後。
呼吸の整い始めた政宗は、小十郎に小さな声で礼を言った。

「大丈夫でございますか?何か必要なものがございましたら…」

「……お前の手が良い」

「?」


小十郎の問い掛けに少し間を置き、政宗は…その手を望んだ。
意味が判らないと言う顔をする小十郎の頬、刻まれた一筋の傷に指を滑らせた政宗は真意を伝える。

「小十郎の手は優しくて暖かい。俺が眠るまで…安らぎを分けてくれ」

小十郎の傷に触れる政宗の指は、凍えるような冷たさを帯びていた。
政宗の心を示すかのような指に己の手を重ね…小十郎はこう政宗に伝えたのだった。



「仰せのままに。この小十郎でよろしければ如何様にも。私は、政宗様の為に在るのですから」





手(伊達主従)20071211