夢現〈伊達主従〉


 
 
 
 
夢現、夢うつつ、ゆめうつつ。
真か夢か判らずに立ち尽くす、立ち尽くす。
ゆるりと瞼を開けば・・・・
 
*****

「ぼ・・・・梵天丸様?? 」
 
従者の立場をわきまえては居たはずだ。
しかし、小十郎は主である梵天丸〈政宗〉よりも目覚めが遅いとは『どうした事だ』と一瞬、心を乱したが梵天丸を怯えさせてはいけないと平静を繕う。
 
「こじゅうろうは、まだ、ねむいのか? 」
 
ふふ、と掛布の上、小十郎の身体に乗りかかっている小さな主は小さな可愛い笑みを浮かべている。
その主は、頬杖を付き上肢を少し浮かせ、未だ布団の中の小十郎を見つめていた。小さな足を上下にぱたぱたと振りながら。
平静を取り繕ってはいても呆気に取られ惚けた顔で梵天丸を眺めている小十郎は、己が失態を起こしているにも関わらず自問自答の末、乗りかかる小さな主の身体を落としてしまわないようにそろそろと上半身を起こした。
 
「おはよう、こじゅうろう!! 」
 
「お・・・・おはようございます」
 
にぱ、と鳳仙花の実が熟れ弾けるような笑顔で挨拶をされた小十郎は更に惚け面になり、言葉を詰まらせながらも梵天丸と挨拶を交わす。
その返事が嬉しかったのか小さな主は、起きてきた小十郎の首にしっかりとしがみつき『早う、遊ぼう』と強請り続けた。
 
「その前に梵天丸様、私の身支度を・・・・」
 
「そのようなものは、どうでもよい!! はやくいくぞ!! とりがたくさんとんでいるのだぞ!! 」
 
小十郎の首に巻き付いていた梵天丸は、それを解放すると着物の袖をぐいぐいと引っ張り室の外へと連れ出すと、廊下を元気良く駆けていく。
廊下へと引きずり出された小十郎はと言うと、着崩れた夜着のまま咄嗟に掴んだ羽織を手に、廊下を走っていく梵天丸の背を呆然と見つめていた。顔も洗う暇もなく、髪は寝癖で乱れたまま・・・・日頃抜かりなく身の回りのことをしている小十郎には有り得ない格好であった。
角を曲がって姿が見えなくなってしまったと、梵天丸様がお待ちだろが・・・・
 
「この姿では流石に示しがつかんわ・・・・」
 
室へと戻り簡単ではあるが着物を直し寝癖だけでも整えようと、踵を返した瞬間、
 
「こじゅうろう、なにをしておるかっ!! 」
 
廊下の角曲がりよりひょこり、と顔を覗かせた梵天丸が小さな手を振り『早う、早う』と急かし立てた。
そして、その言葉に。
己を望まれているのだと実感し、一生懸命己を呼んでいる梵天丸の愛らしさが愛おしく、小十郎の心にぽう、と暖かな灯が点る。
また踵を返した小十郎は、
 
「申し訳ございません、梵天丸様。この小十郎、お供致します」
 
手にした羽織を肩より掛けると、角曲がりから顔を覗かせている梵天丸の愛らしい笑顔を追いかけるのだった。
 
 
*****

「・・・・夢か」
 
目を開けば見覚えのある天上に小十郎は、梵天丸との可愛らしい夢を見ていたのだと現世に連れ戻された。
少し残念だと心に思いつつ身体を起こそうとすれば・・・・
 
「こじゅうろうは、まだ、ねむいのか? 」
 
夢の中で聞いた声が、現世でも小十郎の耳に届けられた。
 
 
 
真か夢か、夢か真か。

小十郎は、梵天丸と共で在ればどちらでも良いわ・・・・と思うのであった。
 
 
 
 
 
夢現/20080104