仄暗い意識の中で。
ひとりぼっちで立ち竦んでいた。
右を向いても、左を見ても。
前を向いても、後ろを見ても。
上を向いても、下を見ても。
僕の護るべき人の姿は無かった。
慌てて探して走ってみても、暗く暗く続く意識の中。
その姿は存在しなかった。
閉じ込められた意識の中の僕は、膝を抱えしゃがみ込む。
すると、天上から涙雨が落ちてきた。
僕の心を映すその雫が、身体を濡らしていく。
護るべき人には、もう会えないの?
僕は天を仰ぎ、降り落ちてくる涙雨と一緒に・・・・本当の涙を流した。
*****
「気合い入れやがれ、佐助っ!!」
「えっ?! 何で片倉さんがこんな所に居んのよ?!」
「うるせぇ!! ガタガタ抜かしてる余裕あるなら目の前の奴等、片付けろ!!」
怒号が響く中、しっかりと佐助の耳に届いた小十郎の声。
『何故?!』と言う疑問符が頭の中を駆けめぐっていた佐助は、自分を叱責するその声に魂をもう一度、奮い立たせる。
そして、眼前に広がる黒い黒い・・・・武田に仇なすの者の群れに切り込んでいく。
佐助の背中を、政宗の背中を護るのと同じ様に小十郎は護り、黒い群れを薙ぎ払う。
二人して・・・・
生きて主の元へと還る為、希望という光を手にする為、持てる力を奮い立たせ囲みを突破するのだった。
*****
些細な事だった。
ほんの少し敵の動きの読み違えてしまったのだ。
思っていたより早かったのだ。
武田の本隊から先行していた・・・・幸村が束ねる隊が、その矢面に立ってしまった。
幸村にしてみれば『お館様の手を患わせる程でも無し、この幸村が鎮めて見せようぞ!!』と、勇み敵の懐へと突っ込んで行くのは目に見えていた。
案の定、両の手に握られた槍を振るい、
「お館様に楯突く者は、某の・・・・紅き槍の露と消えよ!!」
声を張り上げた幸村は、先陣を切り眼前に広がる群れの中へ身を投じて行った。
幸村を護る佐助は、この事を信玄に伝えるべく鳥を放ち、直ぐさま主の背中を追うのだが、予想以上に襲いかかる黒い群れに佐助は手こずってしまい、幸村の姿を見完全に見失ってしまった。
「まぁ、旦那の事だから大丈夫でしょ。さーて、お仕事に全霊かけなきゃ」
目の前に広がる者をねじ伏せ、佐助も先へ進む、幸村の背を目指して突破する。
しかし、後から後から増えていく者に終わりは見えず、流石の佐助でも体力がそぎ落とされて行き、肩で息をするまでに疲労の色が露わになって来たのだ。
「もしかして、俺様ヤバイ?? 旦那ぁ・・・・大丈夫〜?!」
合戦を始めた頃とは気合いも余裕も声色も、何もかもが反転していた。
全ての色が失われて行くかのように黒い群れに飲まれる佐助は、飄々とした口調をしていたが焦りが出始めている。
何時の間か群れに囲まれ、孤軍奮闘する佐助。
もう身体のあちらこちらには傷が生まれ、中には酷く、深いものもあった。
果てのない黒い群れ。
極限の中に立ち尽くした佐助は、不吉な事を思う。思ってしまった。
口に出しては言わなかったが、心は確実に闇へと飲まれていたのだ。
その時だった。
聞こえるはずの無い声が、佐助の耳に・・・・この怒号しか聞こえぬ中から閃光のように届けられた。
奥州筆頭伊達政宗を主とする、片倉小十郎の怒声が。
武田と伊達は今、同盟を結んではいたが・・・・
この合戦には手出しをしないと言っていた筈なのに・・・・
佐助は、小十郎の声を聞きながらそんな事を考えていた。
しかし、今は突破する事が先決だ。
そうでないと二人とも『主』には会えぬまま、此処で散る事になるであろう。
佐助は先行し、小十郎は後ろの護りを。
言葉を交わさずとも互いの力を知り得る佐助と小十郎は、共闘し幸村と政宗の元へと急ぐ。
*****
「って、ホントどー言う事よ!!」
「黙って片付けろ!!」
今は『聞く耳持たぬ』と言わんばかりに鬼の形相をしる小十郎は、此処にいるはずにない自分が『何故居るのか?』を知りたそうにしている佐助を睨み付けた。
二人とも武器を振るう手はそのままに言葉を交わしていた。
今は一人ではなく小十郎が居ると言うだけで、絶望と言う名の闇に意識が支配されずに済んでいるせいか、佐助の口調に少し余裕が現れていた。
その様子に小十郎も心を撫で下ろす。
小十郎が『此処にいる』理由なんて、還ってから聞けばいいと思う佐助ではあったが、一つだけどうしても気掛かりで仕方ない事が心に残る。
それだけは・・・・今どうしても聞かなくてはならなかった。
「ねぇ、片倉さん、ウチの旦那の事しっ・・・・」
「大丈夫だ、テメェと一緒でボロボロだったがな・・・・政宗様が一緒に付いている。安心しな」
「そか・・・・じゃ、旦那達のトコ還るのに、お仕事と行きましょうか!!!」
「気合い入れて・・・・蹴散らしてやろうぜ!!」
二人は顔を一瞬見合わせ笑う。
そして、この黒い群れの先に見える光を掴む為に佐助と小十郎は、武器を振るい路を切り開いていくのだった。
ハジマリ/20071028