この恋心よりも、早く。
君の元に飛んで行きたい。
この愛情よりも、強く。
君を抱きしめたい。





「珍しいね、竜の旦那が俺様に会いに来るなんてさ」

「好きで来たンじゃねぇよ」

政宗はポツリと、何時もの様に食ってかかる物言いでは無く、今日はとても静かな声色で話しかけてきた。
佐助の『止まり木』である、深い森の奥で天高く幹を、枝葉を伸ばしている木の袂、政宗が木の葉に忍んでいる佐助へと声を伝える。

「アンタに頼みがあって来た」

そんなもんが無ければ話しなどする気も無いがな。
そう佐助へ念押しした政宗が伝える言葉は、こうだった。

「小十郎の馬鹿が寝込みやがってな。俺じゃ手に負えねぇからアンタに頼みに来た。じゃあな」

端的に政宗は、小十郎の様子を佐助に伝えると、長居は無用とばかりに森から立ち去って行く。

「俺様、なんも返事してないじゃん」

いくら奥州筆頭の願いと言えども聞く耳持たぬと、高い所でその立ち去る様を見続けていた佐助は、しなる枝葉を頼りに地上へと降り立ち、両足を付けた。
そして、盛大な溜息。

「逢いたくないの知ってて、わざと言ってンでしょ……竜の旦那」

片倉さんが寝込んでるなんて……絶対、嘘に決まってるよ。
政宗の言う事は信用できないと佐助は、政宗の背を追わず甲斐の方へと進路を取った。



*・*・*



政宗が佐助の元へ姿を現してから……かれこれ一月以上の月日が流れていた。
何時もの小十郎なら、佐助が会いに来ないのなら自分からやって来る人だった。それが、姿を現さない。
流石に此処まで小十郎が現れないと心配になってきた佐助は、気もそぞろになって来ていた。
忍仕事をしていても身が入っておらず、些細な失敗ばかりを仕出かしていた。
何時も心配ばかりされている幸村が、反対に佐助の心配をする有様に、

「ちょっとヤバイよね……」

何がそんな風に追い込んでいるのか自覚ある本人は、政宗と会った時のように盛大な溜息を零すのだった。






事の発端は、どちらにあるのか今になっては……判らない。
些細な、本当に些細な事柄だったんだろうと、佐助は今更に後悔をしていた。

「あの時、なんで謝れ無かったんだろう」

そうすれば、こんなに寂しい想いをせずに済んだのだろうか。
後悔の波に漂う佐助の心は、荒れ狂っていた。
この波を穏やかに出来るのは、此処には居ない人だけだと。
今すぐに会いに行きたい人の名を、心の底の底で眠る佐助が叫び続けていた。
張り裂けんばかりに心が痛みを訴える、波を穏やかにさせてと訴え続けている。




「……旦那、ゴメン!!ちょっと『お暇』ちょーだい!!」

「い、いかが致した佐助?!」

思い立ったように佐助は、主の幸村に、幸村の返事無しに勝手に暇を貰い、一瞬にして森へと紛れて行った。

後に残された主の幸村は、やれやれ、と何かを悟ったように溜息を、そして、柔らかな微笑みを此処には居ない佐助へと送るのだった。



*・*・*



「忍、あれから何日経ってんだ!?あぁ??」

「……だって、竜の旦那が言うことなんだもん。あんま信用してなくてさ……」

「あのな、俺はワザワザ出向いて行ったんだぜ。それなのによぉ、信用ゼロかよ!」

「それなら、日頃の竜の旦那の行動、振り返ってから言ってよ!!信用なんて……出来っこ無いでしょ!!」

と、互いに一月以上前に遭遇した時とは反応の違う様を見せる佐助と政宗は、顔を見合わせギリギリ、と歯を噛み鳴らし睨み合うものの、先に政宗がそれから手を引いた。

「はっ、今更だ……今更アンタと睨み合ってもしゃーねぇ。やっと来やがって……小十郎の守り、頼むわ」

そう言うと政宗は、顎で襖の一つを指し示せばニヤ、と人の悪い笑みを見せ室から出て行ってしまった。
一人残された佐助は、一呼吸置き逸る心を押し殺せば政宗の指した襖に手を掛け、そして開いた。




「ホントに面倒見きれなかったんだ……寝込んでるってモンじゃないでしょ……これ……」

きっと、佐助に心配させないようにと小十郎が、戒厳令を敷くように政宗へ願い、進言したのだろう。
混沌と眠り続けている痛々しい小十郎の、最後に佐助が見た姿から別人の様に変わり果てた姿が、そこには在った。
何故、小十郎がこのような目に遭ったのかは判らない。きっと誰に聞いても答えをくれないのは目に見えていた。
小十郎本人から聞かない限り。

「一番、泣きたいのは竜の旦那だよね……」

佐助は、泣かない政宗に負けじと、泣きたいのを堪えると横たわる小十郎の身体を優しい抱きしめた。



「ゴメンね……早く還って来て、小十郎さん……」



瞳を閉じ、佐助は目覚めを促すように小十郎へと囁き続けた。






ユメノサキ/20080217



幸村は、小十郎の怪我を知らずに佐助へと笑んでいます。
佐助が、小十郎に会いに行ったことに笑んでいます。

政宗様と佐助のやり取りを書いてみたくて始めましたら、こんな内容。

なんだかそんなつもりは無かったのに…ツンデレ佐助が出来上がっちまいました。あら。

怪我人小十郎、最終章。苦笑。