涙月〈伊達・真田主従〉
「・・・・また、何処かで会えれば・・・・いいね・・・・」
この言葉だけを密やかに残して、その人は去っていった。
僕の前から。
今、どこで何をして、どうしているのだろうかと。
その人を思い、想い、アンテナを張り巡らせる。
僕はただ、会える事だけを信じて生きている。
*****
「じゃね、片倉さん・・・・また何処かで・・・・〈あえればいいね〉」
死出への旅に向かうのだとでも言うような表情をした佐助は、ただ一言、こう残して小十郎の前から鳥に乗り姿を隠した。
『あえればいいね』
最後の言葉は、佐助の声として届けられた物ではなかった。
唇の動きだけで、悲しげな表情で語られた物だった。
誰にも止める事の出来ない事だった。仕方のない事だった。この乱世では・・・・
小十郎は言葉を掛ける事も出来ず、唯、眉間に皺を寄せたいつもの表情のまま佐助の・・・・最後になるかも知れぬその姿を眼に焼き付けた。
*****
小十郎の身に起きた事は、政宗の身にも起きていた。
佐助と同じ様に幸村もまた、この世の終わりを見に行くのだと言うような表情を浮かべたまま、政宗に言葉を残して立ち去っていた。
小十郎と同じ様に政宗もまた、幸村に掛ける言葉もなく、唯、静かに真紅の装束を纏ったその姿を見つめ続けた。
死出への旅路を佐助と幸村は歩いていくのだと、小十郎と政宗は知っていた、判っていた。
しかし、誰にも止められぬ時の流れ。
ただ、二人は武運を祈り見送るだけ、無事に命を落とさず戻ってくる事を願うしか出来なかった。
*****
小十郎は一人、闇夜に浮かぶ真白な月を見つめていた。
凛とした夜気を纏い、その月に佐助の無事を願い祈る。
言葉無く、心の奥底で唯、ひたすらに。
戦場の情報を集める為にと、二人の無事を知りたいが為にと伊達の忍を放てども、誰一人としてこの奥州へは戻ってくる事はなかった。
幾度も、幾度も、繰り返しても結果は同じだった。
小十郎と政宗の苛立ちは募るばかりだが、政宗とて一国一城の主、小十郎も主に仕える身分、勝手をする事など許されるはずもなかった。
そして、毎夜毎夜。
小十郎は月に祈り続ける。
佐助を、幸村を、どうか無事でありますように・・・・と空を見上げ、月に言霊を乗せる。
「毎日、そうしてるのか小十郎? 」
主の声がする方へと小十郎は顔を向け、小さく頭を下げると政宗の問いに短く返事をした。
すす、と庭先に立つ一番の信頼を置く家臣の傍へと立ち、政宗も同じ様に真白な月を見上げる。
「冷えます故、これを」
自分が肩から羽織っていた物を政宗の肩へと掛けた小十郎は、物憂げな表情で月を見ているその横顔を言葉無く見守っていた。
「・・・・残された俺達が出来る事は・・・・祈る事だけか」
「政宗様、今はあの二人が無事に・・・・命を落とさず此処に戻る故知を祈る事だけかと」
「 Ha・・・・仕方ねぇなぁ、そんな戦に出向きやがって・・・・帰ってきたら痛い目に遭わせてやらねぇとなぁ」
「左様に。政宗様とこの小十郎に気苦労を掛けた二人に、灸を据えてやりましょう」
小十郎の言葉に政宗は『そうだな』と言葉を返し小さな笑みを零すと、月を見つめるのをそのままに音にしない言葉を唇から紡いだ、
主の紡ぐ言葉に小十郎も同調する。二人の願いは同じ。
翳り無い、真白な月に・・・・ただ静かに、ただひたすらに二人は祈り続けるのだった。
暫くの後。
満身創痍の佐助が、同じく満身創痍の幸村を背負い奥州へと・・・・小十郎と政宗の元へと、帰って来た。
涙月/20071104