涙月・その後〈伊達真+従者〉
おかえり、おかえり・・・・おかえり。
君の帰りを、ただ祈るしか出来ずにいた。
君の事が心配で、心配で、どうしようもなかった。
もどかしい気持ちを心に抱え、生き続けてきた、待ち続けていた。
そして。
君は、此処へと帰ってきてくれた。
僕は、その事がただ嬉しくて、嬉しくて。
傷ついて痩せてしまった君を暖めるように、僕は強く抱きしめた。
*****
−−−−−−やけに賑やかだな−−−−−−
閉じた瞼からでも判るように、もう陽はとうに昇っている。
そろそろ小十郎が奥に突撃してくる頃だろうと、政宗はゆるゆるとした動きで寝返りを打ちはすれど、暖かな布団から出ようとはしなかった。
ただ。
いつもより外が賑やかなのを気にしつつも、眠気が勝り政宗の動きは緩慢だった。
すると、政宗の奥に足音が響いてくる。
来た来た、と思いながら心で舌打ちをし布団から抜け出した時、
「政宗様っ!! 」
常なら襖の前で足音が止まり、一呼吸置いてから小十郎が声を掛けて来るのだが、今日は足音も止まらずいきなり襖をを開け放たれた。
この事に驚いたのは政宗で、勢い良く開け放たれた襖の向こう、肩で息をする仁王立ちの小十郎を凝視していた。
「も、戻って参りましたぞ!! 」
「落ち着けよ、小十郎。下がヤケに煩せぇが・・・・関係あるのか? 」
「落ち着いて居れますか!! 佐助が・・・・幸村と共に戻って参りましたぞ!! 」
「何だって!! 」
小十郎の言葉を聞くなり、身形など構っていられるはずもなく政宗は、夜着のまま奥を飛び出していた。
ただ静かに、幸村と佐助の無事を祈る事しか出来なかった。
どう見ても勝てるはずのない戦だと・・・・政宗も小十郎も知っていた。
しかし、非情な時の流れには逆らえず、幸村と佐助はその戦に身を投じたのだ。
もう、会えぬかも知れないと。
心の住み着いた闇と戦うように、毎夜毎夜、言葉無く月を見上げ無事を願い祈り、言霊を政宗と小十郎は紡いだ。
その願いが・・・・月に届いたのだろうか。
幸村と佐助は命を落とすことなく此処へ・・・・奥州へと戻ってきたのだ。
*****
政宗は小十郎の言葉だけでは足りるはずもなく、一刻も早く幸村と佐助の姿を見たく城の中を駆けた。
頭の中では、別れを告げに来た時の・・・・幸村の表情が浮かんでいた。
『もう、二度と政宗殿と会う事は・・・・ないかも知れませぬ』
幸村の、この世の終わりを見に行くかのような悲痛な表情を、涙を堪えている様を。
戦は誰にも止める事が出来ず、政宗は言葉無く戦場へと赴く真紅に彩られた幸村を唯、見送る事しか出来なかった。
二度と会えなくなるのであれば、此処で斬り捨て自分の手の中へ幸村を沈めてしまっても良いのではないかと・・・・
政宗の思考の中を過ぎったが、それは幸村の「武士」としての心が許さないであろう。
そして、政宗も判っているが故、心に思いはしたが出来なかった。
戦い、散るのであれば・・・・本望だと。それが「武士」なのだからと。
己の生涯を賭け愛そうと誓った幸村が死地へと向かうのを、何も出来ず見送る事しか出来なかった事に苛立ち、心で涙した。
幸村と別れてから幾ばくかの日が経ち・・・・
「筆頭!! 」
城門の辺りに人垣が出来ていた。
政宗の姿に気付いた者達が口々に名を呼び、路を作っていく。
その先には家臣達に治療を施されている幸村と佐助の姿があった。
二人の姿を見た政宗は、言葉を無くし呆然と立ち尽くしてしまった。
別れ際に見た幸村とは、まるで別人のようになってしまっていたからだ。
痩せ細り、傷だらけの・・・・良く此処まで辿り着けたと言うぐらいの酷い有様だった。
伴っていた佐助もまた、あちらこちらに裂傷を負い目も当てられないと言う感じだった。
意識を保っているのが精一杯だというのに、幸村を背負い運んできたのだと、佐助に添う小十郎は言った。
「・・・・竜の旦那、ゴメンね・・・・此処までが精一杯だ・・・・っ・・・・」
「戦、勝ったんだろうな!! ウチの忍、全部殺られて分かんなかったんだぜ!! 」
「もちろん。一瞬、駄目かと思ったけどね・・・・」
「なら良い。これで負けてでもしろ!! アンタ等に仕置きしてやろうかと思っ・・・・って・・・・」
佐助の眼前で、佐助の言葉を聞いた政宗は泣き崩れた。
強がりを言わなければ、まともに言葉すら交わせない位の酷い状態の二人に愕然としたのだから。
政宗の姿を見、そして手当てされる前の、此処へ辿り着いた時の幸村と佐助の姿を思い出した小十郎は、気丈に指示を出していたが今となって嗚咽が込み上げてくる。
「ウチの旦那ね、ずっと名前・・・・呼んでたよ」
「佐助、もう喋るな!! 」
「ずっと会いたいって、ずっと・・・・だから、目覚ますまで一緒に・・・・」
「ったりめーだっ!! 死ぬまで離れてやるもんか!! 」
その言葉を聞いた佐助は、小十郎や家臣に支えられたまま静かに意識を手放した。安心したのか穏やかな表情をしたままに。
政宗は、佐助を寝所に運び入れるように言い付け、そして幸村に添うと痩せてしまった身体を抱きしめた。
「幸村・・・・良く生きて・・・・」
零れ落ちる涙はそのままに、意識のない幸村を離すまいと、もう二度と会えなくなってしまうのは嫌だと、抱いた腕に力を込めた。
「・・・・・・・・・・」
ぴくりと動いた幸村の身体。政宗の言葉に反応したのかそっと目を覚ました。
そして吐息だけで政宗の耳元へと言葉を告げると、それが今の精一杯だったのか幸村は、もう一度眠りに付いた。
「おかえり、幸村」
幸村の言葉に政宗はこう答えると、その身体を抱き上げ佐助を運び込んだ寝所へと向かうのだった。
『政宗殿、幸村は・・・・生きて戻って参りました』
涙月・その後/20071107