「涙月」 従者の絆〈小十佐〉








僕の鼓動、身体に流れる。
僕の熱、身体に広がる。

生きている、生きている。
鼓動と熱が、その証。

また、護るべき人と共に生きていけるのだと。
また、大切な人たちと共に生きていけるのだと。



その証に喜びを・・・・そして祝福を。




*****



長く暗い眠りから目覚めた佐助が最初に見た物は、覚えのない天上と景色だった。
覚えの無い天上を覚醒したばかりの意識と瞳で見つめ、風の流れ来る方へ視線を移せば日暮れの太陽に照らされた庭が視界に入る。

〈此処・・・・どこよ・・・・〉

己が今、どういう状況にあるのかを意識を手放す瞬間の記憶を呼び戻す。

〈あ、思い出した!!〉

「旦那っ!!」

記憶を辿り、嫌な事も喜びも全て思い出した佐助は、ギシギシと音を立て悲鳴を上げる身体に鞭を振るい飛び起きた。
旦那・・・・と呼んでいる真田幸村の姿を探し、辺りを見渡す。
佐助の見た庭とは反対に、その真田幸村の身体は横たえられていた。
傷を負ったその身体は手当が施され、佐助が此処へと運んできた時にはボロボロだった形は綺麗に整えられていた。
静かに眠る幸村の顔を近くで見たくて、佐助は傷む身体を引きずって近付き、彼の鼓動を胸に耳を当て確認する。

「良かった・・・・ちゃんと生きてるよ」

幸村との約束を果たせたと、佐助は安堵の息を吐く。
約束。
『生きて、あの人達の元へ還ろう』と、
死出への戦いと、逃れられない宿命と感じていた二人の、約束。
そして、からがらではあったが勝利し、待っている人たちの元へと還って来れたのだと・・・・幸村の無事と約束を果たせた事に、もう一度安堵の息を吐いた。
幸村の穏やかな寝顔に、そっとその頬に指を滑らせた佐助は、肌を通して感じる熱に薄く涙を浮かべるのだった。





暫く、幸村の寝顔を見つめていて気付かなかったが、佐助も忍装束ではなく浴衣を着せられ身体のあちこちに包帯が巻かれている事に気付く。

「心配かけちゃったよね」

小さな声で溜息と言葉を零し、腕に巻かれた包帯にそっと手を当てる。
此処へ命からがら辿り着いた時に見た小十郎の血の気の引いた顔と、泣き崩れる政宗の表情を思い出し、胸が痛む。
仕方のない事だが・・・・大切な人たちに心配を掛けてしまったと、佐助は頭を垂れた。

「本当だ、テメェ等に灸を据えないとな」

突然、自分の零した声に対する返事が返って来た事に驚き、顔を上げた佐助が見たものは、音もなく開かれた襖にもたれ掛かり眉間に皺を寄せている片倉小十郎の姿だった。

「何時から、居た?」

「幸村の顔に指、触れさせてる時から」

「・・・・そ。ゴメンね〜心配掛けちゃって」

小十郎に見られてしまった弱い部分を掻き消すように、佐助はいつもの様に飄々とした言葉で助けてくれた事に礼を言う。
作り笑顔と判るそれに小十郎は敢えて何も言わず、眉間の皺はそのままに黙ったまま佐助の傍に腰を下ろした。
そして、佐助の弱ってしまっている身体と心を包むように小十郎は、自分の胸にその頭を引き寄せたのだ。

「なっ、何よ!! 」

「我慢するな」

「俺様、我慢なんて・・・・」

「そんなツラするな。二人とも生きて還って来たんだ・・・・こんな時ぐらい素直になれ、佐助」

幸村の鼓動が耳に届いた時のように、今、小十郎の鼓動が佐助の耳に届く。
生きているのだと、紛れもなく自分は生きているのだと言う『証』が佐助の身体に流れていく。
熱が薄い皮膚を通して伝わり、小十郎の心も伝えられる。

「・・・・ありがとう、片倉さん」

小十郎の胸元で、佐助は眼前にある着物を離さないようしっかりと握り締め・・・・子供のように泣いたのだった。






「涙月」 従者の絆/20071127