手〈真田主従〉








君の手から伝わる暖かな風が、とても好きだよ。


ひび割れた僕の心を治療してくれる。
そして。
僕に幸福というものを教えてくれる。


だから。
大切な君の手を護るために…僕は何処までも走り続けるんだ。











珍しく佐助が熱を出し、寝込んでしまっていた。
幸村は落ち着き無く右往左往し、看病をしようと必死なのだが、その必死さが仇となり余計な仕事が増えてしまっていた。
回りに控える家臣達は口々に『私どもが致しますから』と、動き回る幸村に釘を刺すのだった。



幸村の母親がわりの…
と言うのは如何なものかと思うが、その母親がわりの佐助が殆どの事を熟してしまう故、幸村は幼い頃から正直『不器用』を背負って歩いているようなものだった。
あの、奥州筆頭…伊達政宗をも呆気に取らせるほどの不器用さ加減なのである。
(彼の場合、それが『愛おしい』とすら思っているらしい…)






「幸村様は何もなさらずとも…我々で致します故」

「いや、佐助は某の忍。主が看病せずに如何致すか?」

と、佐助が寝かし付けられている室の前でこのような押し問答が繰り広げられていた
家臣達にすれば幸村にはおとなしくしていて貰いたいのだ。
『仕事が増える』と言ってやりたいのだが堪えるしか術は無く…
すると、後ろから豪快に笑う声が聞こえ廊下に響き渡る。
お館様、武田信玄が押し問答をしている幸村と家臣達の間に割って入り言葉をかけた

「幸村は余程、佐助が心配なのじゃな?」

「おっ、お館様っ!?」

自分の子供同然に面倒を見て来た幸村と佐助の事だからこそ、信玄は助け舟を出す為に声を掛けた。
柔らかな茶の髪を持つ幸村の頭を大きな手で掻き交ぜた信玄は、

「のう、佐助が目醒めるまで幸村を傍に置かせてやっておいてくれまいか。幸村も佐助が目を醒ませば人を呼べ…それで良かろう?」
両者にとって最良の案を出し、そのまま廊下の奥へと消えていってしまった。
幸村と家臣達は各々に信玄の背に深々と頭を下げ、その案に従うことにしたのだ。






日が陰り始めた室の中には、ほのかな夕焼け色で染められている。
佐助は熟睡しているのか、幸村が室に入った事にも気付かず静かに、そして穏やかな寝息を零していた。
病で寝込んでいるのだから仕方ない話だが、これに気付かないようでは『忍としては失格であろう!』と叱るところであった。
寝かし付けられている布団の傍まで幸村は近づき、顔を覗き込む。

(幼い頃、逆の事があったな)

胸の内で呟いた幸村は、佐助の額に手をそっと当て、開いた手は自分の額に当て熱を計る。
よく、幼い頃に佐助が幸村に対してしてくれていた、事。
それを思い出し、幸村は佐助に触れた。

(まだ…少し熱いでござるな…)

心中呟いた時、眠っていた佐助の瞼が一瞬震えたかと思えば、ゆるりと目を醒ました

「……あれ、旦那……」

「大丈夫か、佐助?」

「うーん、大丈夫かな。ゴメンね〜忍失格だよね〜」
幸村の手からは佐助のまだ有る熱が伝わり、無理をして何時ものように軽口を叩いているのが感じ取れた。布団から身体を起こそうと小さな掛け声を一つたて、背を持ち上げた瞬間…

「ちょっ、旦那!起きるんだから手、退けてよ!!」
「何を言うか佐助!まだおとなしく寝ておれ!!」

佐助の両肩に手を掛けた幸村は、その身体を布団へと沈めてしまったのだ。
沈められた佐助は、幸村の真剣な顔と目が合ってしまう。全身で綺麗な瞳で『心配なのだと』訴えかけている。
一生懸命な幸村の様子に小さな笑みを零した佐助は、
「じゃ、さっきみたいに…旦那が熱計ってくれてたら…おとなしく寝てるよ」

目醒めた時に触れていた幸村の、冷たいのだが暖かな手の温度をを望み、そして…ねだった。

「承知した、佐助」

普段、自らの『望み』を全て消し去っている佐助からの望みが嬉しかったのか幸村は、向日葵のような笑みを浮かべた。
そして、望まれたように…眠る佐助の額に幸村は、優しくそっと手を触れさせたのだった。





手(真田主従)20071213