雨〈真田主従〉


 
 
 

雨の日の出来事。
 
「なかなか帰ってこないなぁ・・・・旦那。どーしちゃったんだろう」

幸村が出掛けた時は曇り空だったのに、今はしとしとと雨が降り続いている。
何処かで雨宿りでもしているのだろうと思っていた佐助ではあったが、外を眺めてはなかなか戻らない幸村の事を気に掛けていた。
もう子供では無いのだから戻ってくるはずなのに、昔からの習慣なのだろう、ついつい心配をしてしまうのであった。
しとしとと降る雨。
佐助は、少し昔の事を思い出していた。
 
*****
 

その日も雨が降っていた。
幸村は、雨に打たれて屋敷へと戻ってきた。腕には子猫を抱いて。 
 
「旦那〜、どしたの、その猫? 」
 
「雨に・・・・雨に打たれて可哀想だったので連れ帰った」
 
「あのねダメでしょ、情が移ったら別れるの大変だよ」
 
「判っておる」
 
佐助の言葉に少し苛立ちを覚えた幸村は、拗ねた顔をしてずぶ濡れのまま自室へと逃げ込んでしまった。
叱られるのが判っているからの行動に、佐助は肩を竦め溜息を吐く。
そして、風邪を引かれては大変だと、手拭いと新しい着物を抱え幸村の室へと佐助は向かった。
 
 
 
 
「ほら、旦那・・・・早く着替えてくんない? 風邪引いちゃうでしょ」
 
「うむ」
 
返事はするが佐助の言葉に全く動く事をせず、幸村は子猫を抱いたままじっと立ち竦んでいる。
無言で佐助に訴える。
幸村の目は、抱かれた子猫と同じ様に不安そうな、捨てられてしまうと言うような・・・・縋る視線を投げ掛けていた。
その視線に耐えかねた佐助は・・・・
 
「もうっ、判ったから!! そんな目で見ないでよ・・・・俺様が悪いコトしてるみたいじゃん!! 」
 
「良いのか!? 」
 
「良いも悪いも、そんな顔されちゃったら叱れないでしょ!! 」
 
佐助の言葉に・・・・子猫を屋敷に置く事を許して貰えたと、幸村の不安そうにしていた顔が一気に色づいた。
嬉しくて嬉しくて、と満面の笑みで子猫に微笑みかけている。
 
「はいはい、子猫も風邪引いちゃうでしょ・・・・旦那もさっさと着替える」
 
濡れて少し震えている子猫を幸村の腕から取り上げた佐助は、手拭いでわしゃわしゃと水気を飛ばしてやり、幸村は自分の身支度を整える。
はい、と乾いた子猫を渡してやると、嬉しそうに大切そうに抱きしめ幸村は微笑んでいた。
幸村の腕の中で『にゃあ』と子猫は可愛く鳴く。
 
「ありがとう、佐助! 」
 
そう言った幸村は、子猫に見せた時の微笑みを佐助にもするのだった。
 

*****

それから。
その時に拾われた子猫は『チビ』と名付けられ、真田の家に住み着いている。
幸村の印でもある六文銭ではないが、チビにも同じ様に首にかけられていた。
鈴の代わりに、二文・・・・触れ合うたびにチリリと音が鳴る。

「早く帰って来たら良いのに・・・・ね、チビの旦那」
 
「にゃあ」
 
佐助と、佐助の腕に抱かれたチビは、しとしとと降る雨を見つめながら幸村の帰りを待っていた。
 
 
 
 
 
雨/20071130