光の中〈真田主従〉


 
 
 
 
 
此処はどこだろう。
仄暗く光無い平原に立ち、探し求めた。
何を、誰を。
忍び生きてきた己には、探す物も、探す者も、何も誰も無いはずだった。
だけど。
一つの光を己の中に見付けた、そして、触れた。
己を暖かく迎え、包んでゆく光に初めて『幸せ』を見出した。
己を殺し、非情とも言われようと、構わなかった。
それで良いと、ずっと一人で居れば良いと思っていた、そうしてきた。
この光に出会うまでは。
 
 
*****
 
今が太平で良かったと、目覚めた猿飛佐助は己の緩みに一人、苦笑した。
こんな事をしていれば、直ぐに寝首を掻かれてしまうだろうと・・・・
争乱の中、常に生との瀬戸際を戦い続けてきた佐助には『有り得ないこと』だった。
畳の上、人の気配を取ることも出来ない程に熟睡していた事。
 
「・・・・んぁ」
 
い草の香り、太陽の柔らかさ、そして、何故か横で眠っている真田幸村の姿があった
 
 
*****
 

佐助は、忍装束であったものの額と顔を覆っている鋼鉄の甲を外し一息と、畳の上、大の字で寝そべっていた。
これだけでも他の忍が見れば『何ごとか! 』と叱責されそうなことなのだが、この甲斐という国は何処までも長閑でいる。
ごろごろ、と部屋の中を縦横無尽に転がり続け、飽きると畳に顔を擦りつけてい草の香りを胸一杯に吸い深呼吸をする。
落ち着く、と。
穏やかな太陽の柔らかな日差しを浴びていると、うつうつ、と瞼が重く重く下がっていき、いつの間にか寝息を立て眠り込んでしまっていた。
 
 

床板を踏みならし別棟へと向かい歩いていた幸村は、佐助が畳に顔を擦りつけている姿に遭遇した。
不思議そうにその姿を暫し眺めていた幸村は、己を引っかけようと悪戯を仕掛けているのではないかと疑心を持ったままそろそろ、と近づく。
何時、驚かされるだろうかと。
気を張ったまま佐助の傍に腰を下ろし起こそうか起こさずにおこうかと、手を出しては引っ込めとしている幸村は、傍目から見ていたると随分と滑稽なことをしているように見える。
幾度か繰り返してみたが、佐助もしぶといのか全くと言って良い程、微動だにしなかった。
 
「こら、佐助。いい加減に・・・・」
 
先に焦れた幸村は、佐助の肩に手を掛け揺さぶるが、それでも目覚めようとはしなかった。
はた、と幸村は何かに気づいたのか、その場を静かに、しかし笑いを堪えながら別棟へと向かう為に離れて行く。
佐助は、気持ちよさそうに軽くいびきをかき、少し開いた口端には水気が見て取れた
『珍しく間抜け顔だ』と、楽しいものを見付けた子供のように大笑いしたいのをぐっ、と堪えた幸村であった。
 
 
 
そして、暫くの後。
幸村は、甘味の皿と白湯の入った湯飲みが二つずつ乗せられている盆を手に、佐助が熟睡していた室へと戻って来た。
未だ突っ伏したままの佐助に近付くが、まだ目覚める気配が無く熟睡中であった。
かたん、と手にした盆を畳に下ろし、熟睡する佐助と同じように突っ伏す幸村は、暫くその寝顔を眺めていた。
そろ、と手を伸ばし己と同じ色した髪に触れてみれば、太陽の光を浴び続けていた所為か仄かに暖かかく、幸村にもその暖かさが伝わったのか微笑する。
暫く指先で髪に触れ遊んでいたが、この暖かさが心地良くなって来た幸村もまた、佐助と同じように瞳を閉じ眠りの途に付くのだった。
 
*****

目を醒ました佐助は、隣で丸くなり眠り続けている主の姿に驚いた。
己の寝姿に叱責することなく、共に熟睡している幸村に『甘いね、ホント』と苦笑いしながら呟き、その頭を撫でる。
身じろぎはするが一向に目覚めない主に微笑みかけ、柔らかな髪に振れ続けた。
羽織袴姿の幸村は、皺になることを厭わず畳の上に着物が散り波打っている。一つに束ねられた髪もさらさら、と頭を振るたびに畳の上で揺れていた。
 
「俺様も俺様だけど、旦那も旦那だよね。早く起きてくんないかな・・・・」
 
甘味・・・・一緒に食べようね、と。
畳の置かれている盆を見つめ溜息と笑みを零す佐助は、穏やかな日差しの中、柔らかな香りと幸村の『光』に包まれるのだった。
 
 
 
 
光の中/20080104